「声音の作り方」

音韻[003]___

 

◇「声音加工

 人間の声は声帯振動によって作られますが、一切の加工を行わず声をそのまま出せば「フ(h音)」になる。口を大きく開ければ「ハ(ha)」、窄めれば「ホ(ho)」となるハ行音です。この音から他の声を作るのですが、ここでは声作りの工程を声音加工と呼ぶことにします。

声音加工をする部位は、喉(母音)、奥舌(k・g)、先舌(s・t・n・r)、唇(m・b・p・f)、の四ヶ所です。この他に、鼻音(撥音)があります。

これらの部位によって声は作られているのですが、初期の人類は先舌及び唇の声音作り機能がまだ充分発達していなかったのでしょう。よって専ら、母音とk音、これに付属音を混ぜた声音が主流であったとた思われます。

 

 

◇「遮断開放

 声音を作る方法は極めて単純です。声音加工部位を使って、吐く息を一旦止めた後、これを開く、という作業を行います。これにより声種が作られます。この行為を仮に「遮断開放」と呼ぶことにします。

遮断にも二種類あり、完全遮断のア・カ・タ・ナ・ラ・マ・バ・パの各行音と、隙間を設ける摩擦遮断(半遮断)のサ行音、またファ行音があります。

*二種の「ファ音
 古代日本語のハ行音は、ファ・フィ・フゥ・フェ・フォ、という発音だったと思われます。後に作られる五十音図のハ行音も正確にはファ行音です。ファの発声音には、f音とph音の二つの形があります。

  • f音:上前歯と下唇とを軽く接触させたのち此れを開いて作る音。歯唇のf音。
  •  ph音:唇を窄めた状態(ロウソクの火を吹き消すときの様な形)から、此れを開いて作る音。窄唇のph音。

日本人の場合は「窄唇のph音」に依るファであり、西洋語にある「歯唇のf音」のファは使われません。

 

 

◇「h音」について。

 声帯振動音がそのまま発声音になるh音は、独立した声音として認知されていなかったと思われます。音声加工が為されない音は発声しづらかったのでしょう。

現代でも欧米人はh音が苦手なようで、日本語のハナ(花)はアナ、ヒト(人)はイト、といった様にh音が母音に変わるのをよく見掛けます。恐らく、古代日本人も同じだったのではないでしょうか。

ただし、声音加工された音を伸ばした場合、伸ばした部分の音はh音として扱います。

例えば、アの長音を表記する場合、現代ではアー、アァ、アゝ、などと書くでしょう。ところが、上代記紀の記事)では、阿波になります。

「波」の字は、ハとファの二つの音で使いますが、初期の頃はア(Aha)の音に対し阿波の文字を充てます。二文字書きでも一音として表わす字として使ったと思われます。後に波の字が独立してアファ(A・pha)と発音され二音の語となります。

さらに、ファ→ウァ(フがウに転じる)となる事でアウァ(アワ)になります。この音に同音の淡の字を充てたのが淡路や淡海の表記です。

阿波や淡の元音はアの長音アハ、つまり大を意味する語ですが、他にオホやウフの音にもなります。

 

*大穴牟遲神(大名持・大奈母智)は、意富阿那母知、於保奈牟知とも書き、大〔オホ〕の音に意富や於保の字を充てます。
この富や保の字も付属音としてのホ(ho)と、独立音としてのフォ(pho)があり、オ(Oho)は一音、オフォ(O・pho)は二音の語として扱います。

※「」と「ファ」とは。例えば「アー」という発音のアは、遮断開放による音なのでアと書いて問題はないです。しかし、伸ばす部分の音は声音加工が為されていませんから、h音になります。

よって、アの長音は「ア(Aha)」になります。ところが現代では(先にも示しましたが)しばしば「あ」などと書くのを見かけます。
これは現代人より古代人の耳の方が、間違いなく優れている事を意味します。

 

 

◇「声音転化」

 全ての動物の中で、最も多くの声音を持つのは人間でしょう。声音加工部位が四つも有るのが決定的です。これにより、一つの音が様々な音に移ってゆくのを可能にしています。

○「キ」の声はk音であり、奥舌での遮断開放に依って作られる音なので、キ以外の音(カ・ク・ケ・コ)にもなります。
また、キは五十音図に於けるイ段の全ての音に移るし、さらに、ヤ行音にも転化する音です。

○「カ」は多くの場合、カ・ンカ・キァ・クァ、(直音、予唸音、拗音)を基本とし、ここから様々は音に転じる。

○「ア」などの母音は喉で音声加工を行いますが、唇の開き具合(大小)でア・オ・ウの音を作り、唇を横に開く事でイとエの音を作ります。

○「ツ」は当初、声というより舌先が作る音でした。例えば、アツのツは母音の無い「a・t」であり、「a・tsu」でも「a・tu」でもありません。
水〔ミヅ〕の発音は「mi・d」であり、「mi・zu」や「mi・du」とは違いました。

つまり、ツの始まりは基音を一拍にする為の付属音としての役割りでした。その後、存在感が増してゆくと同時に、尾母音を従えた、ツ(tu、tsu)、ヅ(du)、ズ(zu)、のような独立音となっていきます。

 

▽ちなみに。
 長音の場合、アはアァでは無くア(伸ばす音はh音)になる事は説明しました。しかし、拗音の場合、例えば「キァ」の後ろの音は「」(母音)のままでh音には成りません。

(これに付いて、詳しくは《音韻[005][006]》参照。)