「拗音」2

音韻[006]___

◇「二つの源音

 拗音には、基音の後ろに母音が付着した一般的なキァ(キャ)やクァ(クヮ)といった音と、基音の頭に予唸音(母音)が乗って作られる形もあります。

例えば、イ+アの「ヤ」や、ウ+アの「ワ」でも、どちらが基音かによって、それぞれ二種類の成り立ちがあり、それは元の音が全く別の音の言葉である事を意味します。

「ア」の声を強く出した場合、「ヤ!」また「ワ!」の音になることがあります。これは本来発するべきアの前に勢い付けのイやウが始発音になり、ィア(ヤ)や、ゥア(ワ)という形になるからです。

それに対して、イやウが基音であり、その後ろに尾母音・アが付着した、イァ(ヤ)、ウァ(ワ)といった形も有ります。

 . ィ(ヤ)、ゥ(ワ)
   ◎アの頭にイやウの予唸音が乗った音。

 . ァ(ヤ)、ァ(ワ)
   ◎イやウの後ろに尾母音・アが付い音。

 

幾つかの例を挙げると、次の様な音があります。
ヤツ(八)の「
アツに予唸音のイが乗って出来た形です。
アツ→ィアツ(ヤツ)
と転じた音で、ここでの基音はアであり、のヤという事になります。

ヤマ(山)の「
カツカがカヤマに転じた音なので、ここでのヤはツが元の音です。つまり、ツマがヤマになる。
ツ→チゥ→イゥ→イァ(ヤ)
と移った音で、ヤの基音はツ→チ→イ、と転じたイであり、のヤという事になります。

 

ワカ(若)の「
アカ(水)の頭にウが乗った音です。
アカ→ゥアカ(ワカ)
と転じて出来た音なので基音はアであり、のワです。

ワシマ(輪島)の「
シマがシマに移った音、またはツ・カシマがツ・カシマと移った音(カはクァと発音)です。
クァ→ファ→ウァ(ワ)
と転じる音であり、基音はウ(クから移った音)なので、のワで出来ています。


このように、耳には同じ音であっても、源流を辿っていけば異なる音である場合があり注意を要します。

*では例えば、ヤマトのヤはどちらでしょうか? アが元ならアマト、ツが元ならツマト、というのが原音となりますね。

そして、此処でのヤマはィアマツ(天津)であり、イァ・マ(山)ではない事を知れば、その名の由来も見えてくるでしょう。

焼津〔ヤイヅ〕は、原音・アキツに予唸音・イが乗り、キがイに転じて、アキツアイヅ、と転じた音でしょう。

 

◇「拗音」は外来種

 《上代特殊仮名遣》を著された橋本進吉博士は、その著書などで「上代の日本語に拗音は存在しなかった」という旨の説を述べておられる。

日本人が拗音を使い始めるのは外国語(漢語)が入って来たのち、漢字の発音に対応する必要性からという事らしい。

だが、記紀には八尋殿、八重垣、八百萬など、八の字が目白押しです。

八の字はヤの音に充てたものであり、ヤは拗音です。
淤遠はオだが、男尾袁はヲ(ウォ)です。
紀はキだが、岐はクィです。
ハ行音はh音ではなくpha音(ファ)です。
そして、これらの発音は外国語が入って来るより遙か以前、この地に住み始めた人達の言葉には既に存在し、使われていたに違いないのです。

上代に於いて、漢字に関わっていたのは一握りの人達だったでしょう。人口の大半を占める一般の人は漢字とは無縁の暮らしをしていた筈です。すると、当時の民衆が使う言葉(日本語)は、直音だけで成り立っていたという事でしょうか。かなり無理のある話です。漢字の移入と拗音は、なんの関係も無いでしょう。

そもそも、世界の言語の中に拗音が存在しないものなど有り得るのでしょうか。

例えば…、「カ」はしばしば「ハ」や「ワ」に変わります。しかし、これはカ〔ka〕がハ〔ha〕、ワ〔wa〕になるのでは無く、クァのクが→フ→ウと転じて、クァ→ファ→ウァになるのです。この音転は、拗音があって初めて起こり得るものです。

上代特殊仮名遣とは、直音と拗音の書き分けに他ならないと思います。