音韻[005]___
◇「拗音」
拗音という語に対する説明は、書物によって意味するところに違いはなくとも、その表現の仕方は色々です。
◇これらの説明は拗音の表記方法であり、その構造を表わすものではありません。また、見る限りの説明では言語(古代語)の成り立ちや転化を考える上で少々不便を感じます。よって、ここでは拗音に付いて、次の定義を示すこととします。
- 拗音とは「二つの母音が結合し、且つ、一音節として扱われる音」をいう。
*一般的には母音融合と呼ばれますが、それによって作られる音節が拗音です。拗音には二種類あります。
①「イ+母音」(仮にイ拗音と名付ける)
②「ウ+母音」(仮にウ拗音と名付ける)
此れに依り、五十音図に於けるイ列音(イキシチ…)とウ列音(ウクスツ…)、それぞれの音尾に母音を付けることで、全ての行音(ヤ行音・ワ行音を除く)に拗音を存在させる事ができます。
◇「ヤ行」と「ワ行」
ヤ行音とワ行音、この二つの行音自体が既にア行の拗音です。独立した音として五十音図に含めるべきか、少々疑問を感じなくも無い。
「ヤ行音」はア行のイ拗音(イ+ア行音)、「ワ行音」はア行のウ拗音(ウ+ア行音)であり、次のような形です。
[ヤ行音]
⚫︎イ+母音 → イァ・ * ・イゥ・イェ・イォ
(ヤ) (ユ) (ヨ)
[ワ行音]
⚫︎ウ+母音 → ウァ・ウィ・ * ・ウェ・ウォ
(ワ)(ヰ) (ヱ)(ヲ)
イとウは母音の中でも、アエオに比べて唇の形が自然な状態に近いので、まず最初に出し易い音です。
*では、イとウ意外の母音(アエオ)を頭に置く拗音は無いのでしょうか。過去を辿れば何処かの時代には有ったかも知れません。
アエオを基音とした拗音を作ってみると、次のような形になります。
ア+母音 → * ・アィ・アゥ・アェ・アォ
エ+母音 → エァ・エィ・エゥ・ * ・エォ
オ+母音 → オァ・オィ・オゥ・オェ・*
これらを見ると、拗音としての条件「一音節として扱う」というのが難しいのが分かります。これらの音の行く末は…。
- 二音の語になる。
- イやウの拗音に吸収されてゆく。
- 母音融合によって別の一母音になる。
この事により、拗音の状態のまま一音節としての姿を維持するのが難しい。それによって消えていったと考えられます。
これは、ヤ行音のエ列音・イェ、ワ行音のイ列音・ウィ(ヰ)、エ列音・ウェ(ヱ)も後に同様の運命をたどりますね。拗音は半拍音(一音節)でなければなりません。よって、一拍音(二音語)になってしまった時点で、拗音から外されてしまいます。
ヰやヱなど長い間(恐らく人類言語史の大半)、拗音の位置に在り続けた音たちだったのでしょうが、近年の日本人の耳と口は、その判別能力を放棄してしまいました。
見方を変えれば…、
イァ(ヤ)、イゥ(ユ)、イォ(ヨ)、
ウァ(ワ)、ウォ(ヲ)、
これらの音は結合しても一音として留まれる音という事なのでしょう。
*尚、ここではイとウを基音として、その後ろに尾母音が付くという形を並べていますが、その逆もあります。
すなわち、基音(母音)の頭に、始発音としてイまたウが付くという形(イア、ウア、など…)です。これらもまた紛れもなく拗音です。
▽「ゑ」という音
ところで、「ゑ(ヱ)」という仮名文字は、ワ行音のエ列音(ウェ)に使われますが、「ゑ」という平仮名の元となってる字は「恵〔ケイ〕」ですね。何故、ワ行音に入っているのでしょうか。
元はケの拗音クェだった。このクが→ウに変わってウェ(ヱ)と発音されるのでワ行に入っている、という事でしょう。
しかし、同じ拗音でもキェだったら事情は違ってきます。この恵は古代に於いて、どう発音したのでしょう。
クェなら→ウェ(クがウに転じる)になりワ行音、キェなら→イェ(キがイに転じる)でありヤ行音、という事になります。
ワ行音に入っているという事はクェだったのでしょうけど、現代の「ケイ」の音を見るとキェイだった可能性もあるのではないか、と思っています。キェイなら→イェイの音になり、ヤ行のエ列音になります。
▽ちなみに。
イ+ア → イァ(ヤ)と成る音。
基音イは、遮断開放(音韻[003]声音の作り方・参照)されて作られる音です。しかし、後ろの音は加工されていないから「ア」ではなく「ハ」になって「イハ」の音でも良さそうなものですが、そうはならない。何故か?
これは、イとアがほぼ同時に発せられていることで、尾音のアにも遮断開放の効果が及んでいるからでしょう。
それは二つの音で作られているのに半拍音、という拗音の特徴によるものです。コレこそが “一音節として扱う” 拗音の、拗音たる所以といっていいでしょう。
〈拗音・2〉に続く…。