「予唸音」2

音韻[008]___

◇「建角身
 京都・下鴨神社賀茂御祖神社)の祭神を建角身命といいます。建角身はタケツノミと読む、否、タケツノミの音に建角身の字を充てた、というのが正しいです。

元の音はツキツミであり、大王に「仕える者」を表す語で、月読、槻弓、月夜見(これらは後ろのツがヤ行音になる)なども同源です。この語は性別、職種は問いません。

 

*タケツミの音をそのまま書けば建津身ですが、ミに予唸音・ンが付きンミ、さらにヌミ(ン→ヌ)と発音されます。「ミ(身)」は人を表しますが、下の者をいう時「ミ」の音を使うようです。

タケツ ンミ→タケツヌミと転じ、この音に建角身の字が充てらたと考えられます。(角はツノでは無く、ツヌが元の音)

タケツヌミという転化音に褒称の接頭語・カツが乗り、カツ・タケツヌミとなりますが、地位の高いツキツミ(仕える者)という事でしょうね。ただ、この時点では単なる高官なのか、或いは大臣なのか将軍なのかは分かりません。

 

◇少し話は逸れますが…。
春日大社(奈良)の祭神・武甕槌命〔タケ・ミカ・ツチ〕や、吉田神社(京都)の祭神・建御賀豆智〔タケ・ミカヅチ〕などは武人です。

元の音は、ツキツミ・キツ・カツキといい、転じてタケツミ・イカヅチといいます。よって、武甕槌は「武ツ甕槌〔タケツミ・イカヅチ〕」であり、建御賀豆智は「建ツ御・賀豆智〔タケツミ・カヅチ」と読むべきでしょう。

伊邪那岐命迦具土神の頸を斬った時、御刀の手元に著く血に成る神の名・建御雷之男神。大国主に国譲りを迫った建御雷之男神。これらも皆、建ツ御・雷〔タケツミ・イカヅチ〕です。

ここでの御の字は身の上級文字として使われます。音はミまたはムィであり、ミでは有りません。

 

 

◇さて、建角身ですが、この名もまたツキツミの呼称を持つ武人です。ただ、身という文字の音は、ミまたはミです。

 カツ・ツキツ ンミ・キツ・カツキ
 カモ・タケツヌミ・イツ・カヅチ
 賀茂   建 角  身    雷

これが元の音でしょう。ここからイカヅチが省かれてカモ・タケツヌミと呼ばれたのが、下鴨神社の祭神・賀茂建角身になった。

 

*建角身〔タケツヌミ〕は本来この後にイカヅチが付いていた。では除かれたイカヅチは何処へいったのか? 祭神・賀茂別雷大神として、上賀茂神社賀茂別雷神社)に坐ます。

要するに、下鴨神社上賀茂神社、これらは共にタケツミ・イツカヅチが祀られており、初代(御祖)をタケツヌミとして下鴨神社に、子孫をワケ・イカヅチとして上賀茂神社に祀った、という事ではないでしょうか。

神社の由緒に依りますと、建角身命の娘である玉依媛が天津神の子を産みますが、これを別雷としています。つまり、祖父と孫の関係ということになります。(賀茂建角身命玉依媛命賀茂別雷大神

 

天津神(王)の子であっても、全てが王族になる訳では有りません。しかし、表記は「建御」であっていい。にも関わらず何故「建角身」なのでしょうか。

恐らく、八咫烏だからです。ヤタカラスとは、ィアツ・カラツキ(多くの・戦闘員)が、ヤツ・カラシ→ヤタ・カラス(ヤカラ)と移った音であり、武装戦闘集団をいいます。

ただし彼らは大王の直接の配下ではなく、同盟関係にはあるけど、他部族の戦闘員です。

自国の大王に仕える高級武官は「建ツ御〔タケツミ〕」、他国の天津神(外部からは別の名、例えば「大物主」と呼ばれる)の配下は「建角身〔タケツ ンミ〕」という事でしょう。

 

*古くから巨椋池周辺には多くの人が住み、幾つものクニがあったに違いない。その頃すでに武人を祀るための立派な社が巨椋池北部に有った。もちろん先住の民が造った社です。

その後、支配者集団が変わっても、軍人を敬う気持ちは引き継がれます。(この辺が日本人の特徴です)

ただし、建ツ御〔タケツ ムィ〕ではなく、建角身〔タケツ ヌミ〕として…。

ずっと後年、平安京がこの地に造られた事によって、これら施設の重要度が一気に増してゆくのは言うまでも有りません。

 

 

◇「」の文字の用途
 漢字には訓読みと音読みがありますが、もう一つ仮名字があります。仮名の音は多くの場合、漢音を使いますね。しかし、日本語の音を使うことも頻〔よく〕あります。

  • 生駒山は膽駒山〔イコマヤマ〕とも書きますが、膽は胆と同字であり音読みはタンです。しかし、ここではイコマの「イ」に膽の訓読み(熊の胆〔くまのい〕などのイ。)を、仮名字として使っています。

 

*「野」の音読みはヤ、訓読みはノですね。ところがこれ以外に、仮名として使う事が有ります。その場合の音は「ヌ」になります。もしかしたら古代や上代の日本語で、野はヌと発音していた “古い音” だったのかも知れません。

カシマ(土地)や、カサキ(突き出た土地)といった語には、しばしば頭にキツが乗り、キツ・カシマとか、キツ・カサキなどと表現します。

この場合、発音はキツ・カシマ、キツ・カサキ、となる事があります。カに予唸音ンが付き「カ」、また「ガ」といった鼻濁音になる。

そこからキツが省かれると、ン(付属音)がヌ(独立音)に変わりヌカシマ、ヌカサキになり、この音に野島〔ヌ・カシマ〕や、野崎〔ヌ・カサキ〕の字を充てたりします。

野島をノジマ、野崎をノザキ、などという読みは、後代の人がその時代の読み方にしたに過ぎません。

 

*沼島はヌカシマのヌの音に沼の字を充てた表記です。淡路島の南にある沼島には、自凝神社があります。

ヌ・カツマ→ンヌ・カルシマ→オノゴロシマ(磤馭慮嶋、淤能碁呂嶋、自凝嶋)にもなるし、ヌ・カツマ→ヌハツマ(ヌバタマ)にもなる音です。

これらの「ヌ」は、予唸音「ン」が独立音となった音と考えられます。